1. 中心シナリオ
中心シナリオは、景気後退を回避しながら成長が続くが、インフレは2%へ素直に戻らず、株式の上昇余地は評価倍率の拡大より企業利益の伸びに依存するというものだ。
米国の8月非農業部門雇用者数は +16.2万人、失業率は 4.1%、平均時給は +3.1%前年比。7月JOLTS(求人・採用・離職統計)も求人 730万件、採用 510万件、解雇・レイオフ 170万件で、広範な雇用破壊は確認できない。[米労働省:8月雇用統計][米労働省:7月JOLTS]
8月のISM製造業PMIは 54.6、サービス業PMIは 55.4と拡大圏にあるが、価格指数はそれぞれ 71.1 / 72.6。需要の強さは利益には追い風だが、Fedにとっては物価沈静化を待ちにくい環境でもある。[ISM:8月製造業PMI][ISM:8月サービス業PMI]
7月PCE価格指数は +3.7%前年比、食品・エネルギーを除くCore PCEは +3.3%。7月CPIは +3.4%、Core CPIは +2.5%で、インフレはFed目標をなお上回る。さらにWTI原油は9月4日時点で 91.48ドル、週間約 +9.7%まで上昇した。[米商務省BEA:7月個人所得・支出][米労働省:7月CPI][WSJ:9月4日の原油市場]
シナリオ確率
| シナリオ | 確率 | 成立条件 | 主な確認指標 | 見方を崩す条件 |
|---|---|---|---|---|
| ソフトランディング / 高名目成長 | 35% | 雇用・利益を維持しつつインフレが緩やかに低下 | 失業率4%台前半、Core PCEが2%台へ、HY OAS 350bp未満、EPS上方改定 | Core PCE再加速、WTI高止まり、信用スプレッド急拡大 |
| 景気再加速・インフレ再燃 | 30% | ISM・雇用が強く、原油・サービス価格も高止まり | ISM 55前後以上、CPI上振れ、2年・10年金利上昇、賃金再加速 | 需要・雇用の明確な失速、原油急落 |
| スタグフレーション | 20% | エネルギー高と物価高が続く一方、実質消費・雇用が悪化 | 原油100ドル超、実質PCE停滞、失業率上昇 | エネルギー供給正常化、実質所得回復 |
| 景気後退 | 10% | 高金利が信用・雇用へ波及し利益見通しが急低下 | HY OAS 450〜500bp超、失業率急上昇、JOLTS解雇増、EPS下方改定 | 雇用+10万人超、信用スプレッド低位、PMI拡大 |
| 政策・地政学の非線形ショック | 5% | ホルムズ供給途絶、財政・国債市場事故、政策ミス等 | 原油・金・長期金利・ボラティリティの同時急変 | ショック収束、流動性正常化 |
合計100%。 景気後退よりも「成長が強いためインフレと金利が下がり切らない」側のリスクを高く置く。[米労働省:8月雇用統計][FRED:米ハイイールド債OAS]
2. 2026年末予想
正式な2026年8月の月次Research Artifactは存在しないため、今回を月次予想の初期値とする。前月予想は捏造せず「—」とする。
| 指標 | 現在値 | 2026年末 中心予想 | レンジ | 公開ベンチマーク | 判断 |
|---|---|---|---|---|---|
| S&P 500 | 約7,718 | 8,000 | 7,000〜8,500 | Reuters中央値7,900、J.P. Morgan 8,000 | EPS成長を主因に小幅上昇。倍率拡大は見込まない |
| 12か月先EPS | 約391ドル | 405ドル | 385〜425 | 参考:JPM 2027年420ドル、Nomura 2027年376.2 | AI・設備投資・利益率が支え |
| forward P/E | 約19.7倍 | 19.75倍 | 18.0〜20.5倍 | LSEG約20.2倍、JPM約20倍 | 実質金利2%超と財政供給が倍率拡大を抑制 |
| 米10年国債利回り | 4.78% | 4.65% | 4.25〜5.20% | Nomuraは4%台半ば | 若干低下するが実質金利・供給が下限を上げる |
| Fed funds target | 3.50〜3.75% | 3.75〜4.00% | 3.50〜4.25% | Nomura 3.625%、IMF 4月時点3.4% | 中心は年内1回0.25ポイント利上げ |
| 米失業率 | 4.1% | 4.2% | 4.0〜4.7% | IMF Q4平均4.3% | 労働需要は鈍化するが大量解雇はまだない |
| 米実質GDP成長率 | Q2 +1.5% SAAR | Q4/Q4 +2.2% | 1.5〜2.7% | IMF 2.4%、Nomura年率2.3% | 定義差に注意。強い需要と高金利を相殺 |
| CPI | 7月 +3.4%前年比 | 12月 +3.6% | 2.9〜4.6% | Nomura 2026年3.6% | エネルギー高で高止まりリスク |
| Core CPI | 7月 +2.5% | 12月 +2.8% | 2.3〜3.4% | 統一公開予想なし | サービス需要・賃金が粘着性を残す |
| PCE | 7月 +3.7% | 12月 +3.4% | 2.8〜4.2% | IMF 4月時点2.8% | 現在の原油高を踏まえ旧予想より上振れ想定 |
| Core PCE | 7月 +3.3% | 12月 +3.0% | 2.5〜3.6% | IMF 4月時点2.6% | 緩やかな鈍化を予想するが年内2%回帰は困難 |
| USD/JPY | 約156.3円 | 155円 | 148〜163円 | 比較可能な最新年末中央値なし | BOJ正常化・介入警戒が円を支える |
| WTI | 91.48ドル | 85ドル | 70〜115ドル | Reuters平均80.20ドル、EIA Brent平均87ドル | 地政学プレミアム縮小を基本とするが上方リスクが厚い |
| 金 | 約4,477ドル | 4,550ドル | 4,000〜5,200ドル | Reuters旧調査4,275ドルは参考値 | 財政・地政学ヘッジが支え。実質金利上昇は逆風 |
出典:[StreetStats:S&P 500評価][Reuters調査:S&P 500][米財務省:国債利回り][BEA:7月PCE][Bloomberg Línea:USD/JPY][COMEX Live:金]
3. 主要予想の要因分解
S&P 500:EPS × P/E
中心予想は EPS 405ドル × 19.75倍 ≒ 8,000。強気ケースは420ドル × 20.25倍 ≒ 8,500、弱気ケースは380ドル × 18.5倍 ≒ 7,030とする。現在の12か月先EPSは約391ドル、forward P/Eは約19.7倍で、今後の上昇にはEPSの上方改定が必要。[StreetStats:S&P 500評価][J.P. Morgan年末目標]
米10年国債利回り
9月4日の米10年国債利回りは 4.78%、10年実質利回りは 2.43%。単純差でみた期待インフレは約2.35%。別の「期待短期金利+タームプレミアム」モデルでは10年タームプレミアムは約0.9〜1.0%と推計されるが、両者は別の分解なので足し合わせない。[米財務省:名目国債利回り][米財務省:実質国債利回り][StreetStats:タームプレミアム]
CBOはFY2026赤字を 2.1兆ドルと推計し、米財務省はQ3純市場性借入 7,390億ドル、Q4 6,280億ドルを見込む。財政供給は、インフレが鈍化しても長期金利を押し下げにくくする構造要因。[CBO:月次予算レビュー][米財務省:市場性借入見通し]
USD/JPY
Fedの政策金利目標は 3.50〜3.75%、BOJは約 1.0%。中心155円、ドル高160〜163円、円高148〜152円とする。Reuters調査では回答者の 57%が9月にBOJが1.25%へ利上げすると予想しており、160円近辺では介入警戒も強まりやすい。[FRB:7月FOMC声明][Reuters調査:BOJ][Reuters:円相場と日米協調]
4. 詳細マクロ・市場根拠
| 指標 | 最新値 | 読み方 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 実質GDP | Q2 +1.5% SAAR | Q1 +2.1%から減速。ただしマイナス成長ではない | BEA |
| ISM製造業 | 54.6 | 拡大圏。価格71.1はインフレ警戒 | ISM |
| ISMサービス | 55.4 | 国内需要は強い。価格72.6はFedに逆風 | ISM |
| 雇用者数 | +16.2万人 | 減速しているが崩壊していない | 米労働省 |
| 失業率 | 4.1% | 4%台前半で安定 | 米労働省 |
| 平均時給 | +3.1%前年比 | サービス物価の下方硬直性を残す | 米労働省 |
| 10年国債 | 4.78% | 株式倍率・住宅・REITに逆風 | 米財務省 |
| 10年実質金利 | 2.43% | 高評価資産への重要な割引率 | 米財務省 |
| HY OAS | 265bp | 信用ストレスは低位。景気後退の反証 | FRED |
| S&P 500 | 約7,718 | 利益期待とAI投資を織り込み | StreetStats |
| WTI | 91.48ドル | CPI・期待インフレ・利益率へ影響 | WSJ |
| 金 | 約4,477ドル | 財政・地政学ヘッジ。ただし実質金利は逆風 | COMEX Live |
S&P 500は50日移動平均約7,592、200日移動平均約7,142を上回り、3か月 +4.5%、1年 +18.7%。Reuters/LSEGベースでは4〜6月期企業利益成長率が約 +33.5%と強い。[StreetStats:市場の広がり・モメンタム][Reuters調査:S&P 500]
判断:現時点の最大の脆弱性は利益そのものより評価倍率。10年実質金利がさらに上昇し、forward EPSが390ドル前後で伸びないなら、約20倍のP/E維持は難しくなる。
5. 地域別の含意
| 地域 | 成長 | インフレ・政策 | 6〜18か月判断 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| 米国 | 雇用・ISM強い、Q2 GDPは減速 | PCE 3.7%、実質金利高、Fed据え置き〜再利上げ | 相対魅力度4/5。利益成長企業を選別 | BLS / BEA |
| 日本 | Q2低成長、消費弱い | CPI約2%、BOJ正常化 | 3.5/5。金融に追い風、輸出は円高に注意 | 内閣府 / 総務省 |
| 欧州 | Q2 +0.4%前期比、成長弱い | HICP 3.3%、energy 14.3% | 2.5/5。エネルギー正常化待ち | Eurostat GDP / Eurostat HICP |
| 新興国 | 中国製造業PMI 49.8、国別差大 | 高エネルギー価格とドルに感応 | 3/5・選別。資源輸出国と輸入国を分ける | 中国国家統計局 / OECD |
日本の7月CPIは総合 +1.9%、生鮮除く +1.8%、失業率2.4%。一方、2人以上世帯の7月実質消費支出は -3.6%前年比。BOJ利上げは銀行・保険には構造的追い風となり得る一方、円高と高原油は輸出・消費に逆風となる。[総務省:7月CPI][総務省:7月家計調査]
ユーロ圏4〜6月期GDPは +0.4%前期比 / +1.0%前年比。8月HICPは +3.3%、エネルギーは +14.3%。OECDは2026年成長率を0.8%と見込む。評価が米国より低くても、成長の弱さとエネルギー感応度が相殺する。[Eurostat:ユーロ圏GDP][Eurostat:8月HICP]
6. 資産クラス別の含意
| 資産 | 追い風 | 逆風 | 6〜18か月判断 |
|---|---|---|---|
| 株式 | EPS成長、AI設備投資、信用安定 | 実質金利、高評価、原油 | 中立〜やや強気。高収益・価格決定力・設備投資恩恵を重視 |
| 長期国債 | 景気減速・景気後退、インフレ鈍化 | 財政供給、タームプレミアム、再利上げ | 中立。景気後退ヘッジだが中心シナリオの主役ではない |
| 短期国債 | 高政策金利、低デュレーション | 将来の再投資利回り低下 | やや強気。不確実局面の待機資産 |
| 金 | 財政・地政学・通貨不安 | 実質金利上昇、高価格 | 中立〜やや強気。ヘッジとして有効 |
| 現金 | 高い短期金利、待機価値 | インフレ、機会損失 | 中立〜やや強気 |
| REIT | 景気維持、供給制約 | 実質金利2%超、借換コスト | 中立以下 |
| 商品 | 供給制約、地政学 | 需要減速、価格変動 | ヘッジ用途で有効 |
具体的なETF・個別銘柄は、経費率・流動性・通貨ヘッジ等をこのResearch Artifactで検証していないため、本稿では提示しない。
7. 前月からの変更点
正式な前月月次Artifactがないため、数値予想の上方修正・下方修正は今回を初期値とする。ただし直近週次Researchと過去3か月のデータから、判断の変化は明確になった。
- 景気持続側へ重心を移した。 雇用+16.2万人、ISM 54〜55台、HY OAS 265bpから、短期の信用収縮型景気後退を中心から外す。
- インフレ再燃リスクを引き上げた。 PCE/CPIが目標超過のまま、ISM価格指数70台、WTI90ドル超が重なった。
- 長期金利の下方余地を小さく見た。 10年名目4.78%、実質2.43%、正のタームプレミアムと大規模国債供給が残る。
- 株式の上昇源泉を倍率から利益へ移した。 forward P/E約19.7倍と高いため、中心予想8,000はEPS405ドルを主因とする。
- 日本の相対評価は改善したが、業種選別を強めた。 BOJ正常化は金融に追い風、円高・高原油は輸出・消費に逆風となる。
8. 最大リスク・反対シナリオ・反証条件
インフレ再燃が中心想定より強い
ISM価格指数70台、WTI90ドル超、PCE3.7%から、8〜9月のCPI/PCEが再加速する可能性がある。Fedが複数回利上げすれば、株式P/E、住宅、REIT、長期債が同時に圧迫される。[ISM製造業][BEA:PCE][WSJ:原油]
反証条件: Core CPI/PCEが3か月連続で再加速、米10年利回り5%超、2年債4.75%超、WTI100ドル超が定着。
高金利の遅行効果で景気が急失速する
現在のHY OAS 265bpは信用ストレスを示さないが、実質金利2%超の状態は時間差で企業・家計へ効く。[FRED:HY OAS]
反証条件: HY OASが450〜500bpへ急拡大、失業率4.7%超、JOLTS解雇急増、forward EPSの継続的下方修正。
エネルギー供給ショック
OECDは、エネルギー価格が先物想定より50%高い状態が長期化すれば世界成長が大きく悪化する下方シナリオを示している。[OECD:2026年6月経済見通し]
反証条件: ホルムズ海峡等の物理的供給障害でBrentが120ドル超へ急騰し、欧州・日本の実質所得が悪化。
財政・国債需給ショック
米財政赤字と大規模発行が続くなか、タームプレミアムが上昇すれば、景気が悪化しなくても10年金利が5%超へ向かい得る。[CBO:月次予算レビュー][米財務省:市場性借入見通し]
反証条件: インフレが低下しても長期金利だけが上昇し、10年実質金利2.7%超、30年国債5.5%超へ。
9. 次回までに確認する指標
| 日付 | イベント | 何を見るか | 出典 |
|---|---|---|---|
| 9月8日 | 日本Q2 GDP改定 | BOJ利上げに耐えられる国内成長か | 内閣府 |
| 9月9日 | EIA短期エネルギー見通し更新 | 原油供給・Brent見通しが大幅に上振れるか | EIA |
| 9月10日 | 米PPI / ECB | 川上物価再加速、ECBの予想外の政策変化 | ECB政策金利 |
| 9月11日 | 米CPI | Core・サービス物価の明確な再加速または急減速 | 米労働省CPI |
| 9月15〜16日 | FOMC | 据え置きか0.25ポイント利上げか、今後の利上げ示唆 | FRB |
| 9月17〜18日 | BOJ | 1.25%利上げの有無、追加正常化の速度 | 日本銀行 |
| 9月30日 | 米BEA年次改定・8月PCE | GDP/PCEの過去系列とインフレ経路の修正 | BEA |
予想が外れる場合、最初に確認する順番は 米2年国債利回り → 10年実質利回り → HY OAS → USD/JPY → forward EPS改定。金融政策期待、共通割引率、信用ストレス、日米政策差、企業利益の前提変化をそれぞれ早く反映しやすい。
10. データ上の留保
- 正式な2026年8月月次Artifactがないため、今回の月次予想を初期値とする。
- 金の公開コンセンサスとして登録されているReuters調査は2025年10月時点で古く、参考値以上の意味を持たせない。[Reuters:金価格調査]
- USD/JPYの完全に比較可能な最新年末中央値は登録済み資料にないため、コンセンサス値を捏造しない。
- タームプレミアムは観測値ではなくモデル推計であり、方向とレンジを重視する。
- 8月CPI/PPIは基準日時点で未公表であり、ISM価格や原油から実際のCPIを機械的に推測しない。
11. まとめ
現在の中心シナリオは、景気後退を回避して企業利益は増えるが、インフレと高い実質金利が残るため、今後6〜18か月の株式上昇はP/E拡大よりEPS成長に依存するというものだ。
最大の反対材料は、原油・サービス物価の再加速がFedの複数回利上げを招くこと、または高金利の遅行効果が信用収縮へ転化すること。次の最重要確認点は9月11日の米CPI、その後の9月15〜16日のFOMC、17〜18日のBOJとなる。